shunichiro0083のアイのダメヲタ日記-感想と推測と妄想の終わらない円舞曲

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2005年 12月 03日

続 シン・アスカのこと

・さて、「種運」のTV放映が終了してから数ヶ月が経ち、各アニメ誌やムック等で監督やシリーズ構成氏のインタビューが公表されている。
 そこで、二人のインタビューを通じて、主人公である筈のシン・アスカの不幸を考えてみたい。
 何故なら、それは取りも直さず「種運」という作品自体の不幸でもあると思うからである。そう言う意味では確かにシンこそは「種運」という作品を体現した、真実の主人公であったのだから。

■参考資料

監督・福田己津夫氏のインタビュー

シリーズ構成・両澤千晶氏のインタビュー

※提供:シャア専用ブログさん



・何故、シンは自分自身で現実に立っていないような、そんなキャラクターとして造形されなければならなかったのだろう。最後の最後まで、シンはプラント側の人間でしかなったのだろう。
 確かに、シンはまだ思春期の少年であるし-ナチュラル基準ではあるが-、プラントに属する兵士として守るべき規範も当然あるだろう。そういう意味では、確かにシンとはキラやアスランという言わば規格外の兵士とは対照的なな存在であったのは確かである。
 だが、シンが打倒されねばならない-物語としての敵役に甘んじなければならなかった理由はそれだけではない筈だ。
 思うに、それはキラやアスランが最終最後の敵たるデスティニープランを倒す人間でなくてはならなかったからではないだろうか。

・そう考えれば、ミネルバに乗ったアスランがそれ以降、特に精彩を欠いていたのも納得が行く。
 監督やシリーズ構成氏は理由が分からない、とばかりに首をかしげているが、それはアスランが自分らしく行動したら間違いなく、シンは正道に立ち返ってしまうからである。ハイネにすら、出番がなくなってしまうだろう。
 だからこそ、アスランは意味もなく悩み続け、自分らしさをなくしてしまっていたのだ。そうしたシリーズ構成の枠の中にいたからこそ、レイは物語の中盤までシンを殊更誘導することなく、傍観者を決め込めていたのである。

・TV本編のそうした構成が駄目である、とは言わない。だが、ならばそうした役割を担うことが決定していた人間を主人公に据える必然性がどこにあったのだろう。
 シンを主人公の一人として描くのなら、理想と現実の間で迷い、惑うシンがアスランやキラとの触れ合いの中で流されるのを止め、自分自身で考え、決断して自ら議長と戦う道を選んだとしても、それは監督が思い描いていた「真のテーマ」と何ら矛盾はしないでしょう。
 これこそが新たなテーマに対応した主人公たるシンの成長物語であり、監督曰く「ニート」であるシンが自立する姿は「種運」のテーマとメッセージを見事に表せたでしょうに。

・作り手側が、安易に見る側に対して迎合しろ、などとは言わないし言うつもりもない。けれど、真実優れた作り手ならば、自己の主張と見る者の期待をすり合わせることを選ぶのではないだろうか。
 この場合の見る者が望んでいたものとは「シンの成長物語」ではなかったのだろうか-少なくとも、自分が望んだのはそういう物語だった。
 況や、新主人公たるシンをヒールにし、キラ(とアスラン)をベビーフェイスにすることだけが、監督の言う「テーマ」を表現出来た唯一の方法であるとは、到底思えないのだ。
 けれど、監督やシリーズ構成はそれを選択し、「種運」という物語はあんな結末となった。

・或いは、「種運」はシンが主人公である、というアナウンスさえなかったら、ここまでシンについて考えることはなかったかもしれない。そういう風に考えるなら、二人の思惑は見事に的中したとも言えるだろう。
 しかしながら、アスランの前に敗れ去り、ルナマリアに庇護されるシンの姿には敗者の美学すらない。主人公をああも惨めに敗北させるなら、せめてそれくらいの配慮があっても良かったのではなかろうか。
 それすらなかったシン・アスカとは結局の所、最後の最後まで不幸なキャラクターだったと言えるのではないかと、そう思えて仕方ないのである-単なる、キラやスランのライバル的存在にしておけば-言い換えれば、シンを最初から主人公と公表しておけば、こんな風になることはなかったろうに・・・。


・しかし、監督がとうとうとぶちまける議長擁護論というのはまるで、ヒトラーや東条英機を擁護する人達の論調にクリソツですヨ。掲げた目的が正しければ手段は正当化されるという、ね。
 だって、監督がインタビューで言う
「誰かを切り捨てたり策謀を練るのは、自分の利益とか欲望のためじゃない」
の“誰か”を「ユダヤ人」とか「(日本人以外の)黄色人種」とかにしたら、まるっきり戦犯な方々と同類の主張でしょう。
 彼らも言っていた筈ですよ、自分がやっていることは自分個人のことではなく、全てはアーリア民族(or天皇陛下)の為だ、って。
 一編、監督に訊いて見たいですな。ひょっとして、ヒトラーや東条英機を尊敬されてるんですか、ってね。

・笑ったのは、シリーズ構成の人がそういう部分をきちんと踏まえた上で、それに忠実な脚本を書いていた、という事実-いや、本当は笑えないんだけれど。
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by shunichiro0083 | 2005-12-03 14:27


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