shunichiro0083のアイのダメヲタ日記-感想と推測と妄想の終わらない円舞曲

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2004年 12月 14日

ガーティー・ルーのこと、及びミラージュコロイドについての追記

・ガーティ・ルーとは言わずと知れた特務部隊ファントム・ペインの母艦であり、ユニウス条約で禁止されたはずのミラージュコロイドを搭載したとされています。
 で、今月号の「ニュータイプ」の付録に興味深い記述がありました。そのままの引用ではないのですが、要約すると「ガーティ・ルーがミネルバから逃げる際に切り離した推進剤タンクは、ミラージュコロイド展開時に使用するものだった」となります。
 と、いうのも実はミラージュコロイドが隠蔽できるのは稼動する機体から自然発生する熱(各部モーターや電子機器から発する熱や、装甲が発する輻射熱等。なお、これらを総称して「熱紋」と呼称している可能性もある)だけで、主機が発する噴射炎の熱量までは隠せないと言うことらしいのですな。
 あの両舷部に取り付けられていたタンクの中身はそうしたミラージュコロイド作動中でも艦を移動させねばならない際に使用する、低熱量のガス状燃料だったらしいのです(あ。付録のコラムでは推進用ガス、ということになっていましたが、本編の砲撃を受けて爆発すると言う描写から敢えてここでは推論を入れてみました)。
 では、何故。ミネルバに追いかけられていたガーティ・ルーはデプリ帯に入り込み、あんな分かり辛い表現かつ手の込んだ逃げ方‐サイレントラン開始と同時に熱紋発生器付きデコイ発射及びアンカーによる軌道変更を行わねばならなかったのか。どうしてネオは、ミラージュコロイドを作動させなかったのか?
 これが第3話の大きな謎だったのですが・・・ぶっちゃけた話、その理由はネタバレの可能性が極めて高いのでここでは書けません。が、一つだけ言えるのはあの時のガーティ・ルーはそれが出来る状態ではなかった、ということ。それだけです。

・で、今度はミラージュコロイドに関する話。
 僕はミラージュコロイドというのは推進機を稼動させていても、十分使えるモノだとばかり思っていました。何故なら、その設定では「レーダーだけでなく、赤外線も封じ込める」となっていたからです。
 で、「種」で度々出て来た熱紋というのは、精度の高いIR(=赤外線)センサーによって感知されているのは本編の描写からも明らかなのです。
 が、現実にガーティ・ルーはミラージュコロイドを解除した後に機関を最大にし、僕の記憶では定かではないのですがアルテミスを襲ったブリッツは主機を切り、サイレントラン(慣性飛行)で近寄っているそうです。
 そうなると、「ガンダムシリーズ」というのは本編での描写が全てなので、ミラージュコロイド発動中は慣性航行。若しくは、低熱量ガスを用いるしかない、というのが正しいと言うことになりますね‐あまり釈然とはしませんが。
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# by shunichiro0083 | 2004-12-14 22:34 | 設定
2004年 12月 13日

エグゼクティブプロデューサーの談話から見えてくること

・さて、今回俎上に載ってていただくのはこれである。
 「種」のテーマが非戦であったということは既に何回か書いて来たことであるが、そこでは更に
>前作は戦いを終わらせるのは、暴力ではないという非戦をテーマに据えて主人公たちのドラマを描いてきた
と語られている。
 しかしながら、これは単純な無抵抗主義の謂いでもないのもお判りだろう。キラは個人的に不殺を貫いてはいるが、それは単に無抵抗な標的を作り出しているだけに過ぎないのだ。戦闘力を奪われた機動兵器のパイロットが、退くこともままならず戦場で取り残されたならどうなるか。簡単に想像できると言うものである。
 そして、三隻連合は数多くのMSを撃墜し、艦船を撃沈しているのだから(そう言えば、「種」では戦艦の類が沈む際の乗組員の描写があまりなかったような気がする。始まる前は艦隊戦を重視する、みたいなことを監督は言っていた筈なのだが描写はあんまり重要視しなかったらしい)。
 視点を変えて言うなら、その「非戦」とやらを描きたいだけだったなら、あんな人工的に作られた被差別集団としてのコーディネイターなどというものは無用の長物である。こういう言い方をされるのは心外だろうが、対立の構図としての宇宙移民と地上の特権階級という図式は今でも立派に通用する。
 むしろ、既存のしがらみから解き放たれているという点において、遺伝子操作された人工の種というコーディネイターよりも比べようがないほど優れていると言っていい。確かに作り手からすれば手垢に塗れたモノだったのかもしれないが、それを洗練させて今のマニアにも納得して貰えるようにアップデートし、デコレートするのもクリエーターとしての腕の見せ所だったのではないだろうか。
 「種」のテーマもころころ変わるが、一番最初の監督の談話では「戦争はどうすればなくなるのか?」というものだった筈である。これだけでも非常に難しい問題であるのに、「種」はそれに加えて「コーディネイター」という政治的にも、倫理的にも答えの容易に出ない難問を抱え込んでしまった。
 結果、この二つの問題は何ら解決されることなく、「種」は非常に安易な終息を見たのである。

・そして「種運」は始まった。今回の武田エグゼクティブプロデューサーとしてのテーマは
>前作から引き続き非戦ということを訴え続けるつもりであるが、今回は、戦争がなぜ無くならないのか、戦争や紛争が続いていくのはどうしてか、に焦点をあて、そういった戦争のメカニズムのようなものを追及してみようと考えて制作することになった
ということであるらしい。
 これについての反論を他の所で書いているの人がいるので、それをちょっと引用してみる。
>で、その後〇〇〇さんらと秋葉原で合流。店を覘いた後、ファミレスで駄弁るといういつものパターン。
 そこで話に出たのは「種運」のこと。色々話すのだが、結局、戦争と言うものを描いている割にその世界観や描写がしっかりしておらず、筋も通っていないから視聴者がおかしく感じてしまうのではないか、という結論となる。
 ちなみに一例を挙げるなら、本来ユニウス条約と言うものを結んでいるのなら、そこには条約で定められた内容の進捗状況や遵守されているかどうかを相互に監視する公的機関が必要とされる筈、とか。重大な条約違反が見つかった際に、どういう風な手続きをするか、などが取り決められている筈で、この間の話のラストのようにあんな突然に事実上の宣戦布告をするなどは、この世界ならばあり得ないんであります。
 また、停戦条約と言うのは本来ならば軍レベルで締結されるもので、政治的な段階には達していない筈なのですが、少なくともプラント側は当時の評議会議長が調印していることから、和平条約級の効力を発揮してしまう、なんてこともあるらしいです。引用終わり>
 民間の、現実の軍事に関する知識を持っている人間が考えただけで、これだけの粗が見つかるのである。それで何が
>戦争のメカニズムを追及してみる
なのだろうか。
 戦争というものは政治の延長であり、また、最後の手段である。だからこそ、「種運」のように開戦前から遡って描こうとするのなら、そこでは政治というものをもっと真摯に捉え、描かなければならないのである。そうでなくては「非戦」もへったくれもないのだから。

・確かに、「種運」も現実の戦争というものを十代の人たちに考えて貰うきっかけにはなるのかもしれない。だけど、まめに毎朝新聞にちゃんと目を通すようになったら、とても馬鹿馬鹿しくて「種運」なんか見てらんなくなるかもしれないなあ、とか思ったり‐若い子に本業と趣味を使い分けろ、という方が無茶な話だ。
 だけど、多分それが真っ当な世の中のあり方なのかもしれない。この文を読んで、考えたのはそんなことだった。
 最後に個人的な考えを述べると、C.E.の平和は多分、武力の放棄でも、武力の行使でも訪れない。必要なのは他を圧する力を持ちながら、自身の行動を律し得る存在が敵対する陣営の双方に戦争の停止を呼びかけることだろうと思う(要は中東和平において、米国が世界中から求められている役割である)。
 単に平和を説くのでもなく、徒に武力を行使するのでもない。しかしながら強大な力を背景に、利害を調節する存在にこそ三隻連合はならねばならなかったのだ。そうなれる可能性はあったが、しかし、かれらはその道を選ばなかった。選べなかったのかもしれないが、結局彼らは戦争を終結させるのには何の手助けも出来ずに終わった。彼らがしたことは三度目の核の炎が宇宙に吹き荒れるのを防いだこと以外はアズラエルを。パトリックを。そして、クルーゼを斃しただけだったのだ。
 だからこそ「種」は虚しく。
 そして、いつか来た道を進んでいるように見える「種運」にも虚しさを禁じ得ないのである。
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# by shunichiro0083 | 2004-12-13 17:15
2004年 12月 12日

PHASE‐09 驕れる牙

・地球連合がプラントに対する要求の内容‐ユニウスセブン落着を引き起こしたテロリストの逮捕、引渡し・賠償金の請求・ザフトの武装解除・現政権の解体・連合理事国の最高評議会監視員派遣‐が明らかになりました。まあ、これでは最高評議会の皆さんも受け入れられないと憤るのも当然でしょうし、意見が分かれるのも当然です。
 主戦論が会議の大勢を占める中、議長は現実的な判断を下します。それは連合との対話による解決を継続しつつ、迎撃準備も怠りなく進めるというもの。まあ、その指示そのものは間違ってはおりますまい。ただ、ことさら「血のバレンタイン」を強調し、忌まわしい思い出を喚起させるという部分には開戦へのアジテーションを感じずにはいられません。

・さて、もう一方の(恐らくは)大西洋連邦の元首で地球連合の代表氏は未だ引き籠もりっぱなしのジブリールにお伺いです。ここだけ聞いてると如何にも良識的な政治家に思えますが、もうこの時点で月面・アルザッヘル基地に出撃準備の命令を下していることを忘れてはならないでしょう。
 こうした連合の発表にシンら人々の反応も様々ですが、特筆すべきはやはりオーブ五大氏族の一つ・セイラン家の動きです。このタイミングで如何にも偉そうな人間と談笑しているのは、そこに何らかの陰謀が蠢いていると邪推されても仕方ありますまい。
 で、ホワイトハウスとジブリールの密談は陰謀論以外の何物でもない訳で、ここでブルーコスモスが単なる武力差別団体ではないような話が開陳されます。このジブリールの台詞を頭から信じるなら、ブルーコスモスとは俗に言う“影の世界政府”であることになります。
 そしてコーディネイターを彼らがあれ程までに排斥したがるのは、彼らの計画外から生み出されてしまった不確定要素だからだとも、ジブリールは語ります。けど、ここで問題なのはブルーコスモス自体は独自の軍事力を保有していない、という所です。事を起こす時、ブルーコスモスはあくまでも既存の軍隊を用いて済ませます。それは「血のバレンタイン」然り。今回の連合軍宇宙艦隊も、です。
 逆に言えば、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でザフトの指揮系統が一時的に混乱した時、ブルーコスモスが連合軍以外に動かせる独自の戦力を持っていたならばコーディネイターは一人残さず虐殺されていたでしょう。
 これは何を意味するのか。それとも意味など何もないのか。ジブリールの長台詞に被った映像は一体、何の暗喩なのか。取り敢えず、あれほどの大災害となったユニウスセブンの落着が落ちたらあとは異常なし、ということが異常だとも思いました。よく、“核の冬”が起こらなかったものです。

・そう言えば、先のユニススセブン落着の被害は赤道地帯に集中していて、大西洋連邦やユーラシア連邦は全くの無傷だったそうで。正直「んな訳ないだろう」と思いますし、現に前回アメリカ大陸の平原と思しき所にも破片は落ちています。
 まあ、それは偶然だと思いたいですが。かくして、ロゴスの危惧も何とやら。無傷のアルザッヘル基地からは連合軍宇宙艦隊が出撃し、それを迎え撃つザフトも新造母艦・ゴンドワナを中核とする迎撃艦隊の布陣を完了させます。
 まあ、相変わらず時間経過はよく判りませんが、夜も更けたところで宣戦布告です。当然、攻められるプラントはざわめきますが、そんな中でもギル議長は「脱出したところで我らには行くところなどないのだ」とか言って、皆の危機感を煽ります。この台詞を督戦に感じないのは先入観からですかねえ。
 こうして戦端が開かれた地球連合軍とザフトですが、今回の戦闘にはどうもNジャマーが使用されていない様子です。何せ、ブルーコスモスかぶれの連合軍奇襲部隊が行う核攻撃を脅威に感じていますから。「血のバレンタイン」云々と言っている割には、あまり教訓として活かされていないようです。
 まあ、今回は偶々、偶然、奇襲部隊の位置に三隻だけの‐その内一隻は新兵器・ニュートロンスタンピーダー搭載艦がいたお陰で事なきを得ます。このニュートロンスタンピーダーの威力は凄まじく、核ミサイルはおろか、その背後にいたウィンダム部隊や奇襲艦隊そのものも宇宙の塵にしてしまう程でした。その名前から想像するに物質中に含まれるニュートロン(中性子)に干渉、振動させる量子論的力場を放射することで崩壊させ(スタンピード)、破壊するものなのでしょう。
 しかし、なんでこの奇襲作戦の迎撃に間に合う位置にたった一隻しかない(虎の子と呼ばれているのだ)ニュートロンスタンピーダーを搭載したナスカ級改がいたんでしょうねえ。迎撃の成功に浮かれ、誰も気にしていないようですが。
 それにしても、何かあると意味ありげなギルの台詞や顔のアップにする演出はくど過ぎると思います。今回もそうでしたが、あんまりやりすぎると有難みがないのではないですかねえ。こういう演出はここぞ、という時にこそ使うべきではないでしょうか。

・そう言えばアスランはオーブの特使としてプラントに着いたものの、このような非常時に議長に面会出来る筈もなく。何も出来ない自分に苛立つアスランの前にラクスのそっくりさんが登場します。偽ラクスです。声が玉置という噂もありましたが、結局ガゼだったようです。
 さあ、この出会いは一体物語に何をもたらすのでしょうか。少なくとも、来週の「父の呪縛」にはあんまり関わらないようですが。

・最後に。ようやく、シンの動く楽しい思い出が登場しましたね。まあ、良いことではないかと思います。回想シーンが毎回血腥いのも正直、どうかと思っていましたから。

 満足度=☆☆/2★★★(1個半
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# by shunichiro0083 | 2004-12-12 12:42 | 感想
2004年 12月 11日

「ASTRAY」に関する個人的違和感のこと

・TVシリーズ本編と、その外伝である「ASTRAY」とを比べた時、両者とも時間軸は同一ながらどうにもしっくりこない感じ‐違和感を僕は感じていた。それは単に物語の語り手が異なる、というレベルではない、もっと根本的なところにあるものだった。
 長らくそれがなんなのか気が付けなかったのだが、ある時閃いた。それは本編と外伝の二つは同じ世界と時間の、異なる場所と言われながら全く異質な物語となっていたということである。
 そう、「ASTRAY」の二人の主人公が生業とする「ジャンク屋」と「傭兵」この二つの職業はC.E.71年においてそれなりのポジションを占めていると「外伝」では繰り返し語られているにも関わらず、本編では殆ど出番がないのであった。それ故に「ASTRAY」の物語は本編から遊離したという印象が強いのである(そして「MSV」は過去のそれと同様の文法で語られる内は説得力があったが、物語に踏み込んだ「戦記」は上記の理由で逆に本編との繋がりは希薄になって行く)。
 
・少し考えてみよう。アークエンジェルが崩壊するヘリオポリスから脱出して物資が欠乏した際、ジャンク屋を通じて購入するという描写は不自然だったろうか。デプリベルトは残骸の宝庫であるのだから、そこで資源の回収を大義名分とするジャンク屋とそこで出会うのは然程不自然ではないだろう。
 もっと想像を逞しくするなら、ジャンク屋に隠然たる影響力を持つマルキオ師からの依頼を受け、残骸の中に閉じ込められてしまったラクス救出作戦を手伝っていたらザフトに属する傭兵に邪魔され、キラはコーディネイターと戦わざるを得ない羽目になる、とか。
 傭兵に関してもそう。世事に詳しいムウから金で仕事を請け負う傭兵の存在を知らされたマリューはナタルの反対を押し切り、凄腕の‐しかし、サーペントテールではない‐傭兵を雇ってザフトの追撃を乗り切ろうとする、とかしておけば「本編」と「外伝」が世界観的にも相互補完出来て良かったのではないだろうか。その際の連絡はアルテミスの施設を使った、とでもしておけばよかろう。
 で、地球上空での第8艦隊との合流を前に別れたアークエンジェルと傭兵は、再び宇宙に上がった時に再会する。今度は敵と味方として。だが、それに納得出来ないキラは文字通り体を張って相手を説得し、今度は金銭ではなく義理と人情で結ばれた戦友となる。
 そしてこれが縁となり、戦力において非常に劣る三隻連合はクライン家の私財を用いて傭兵をかき集め(ラクスには「あら、評議会議長ともなれば、別に不正を働かずともこの程度の蓄財は出来ますのよ」とか言わせて見る)、何とか第三勢力としての格好をつける、なんて展開があったらより説得力が増していたのではなかろうか。ついでに「非戦」とやらの演説をラクスとカガリがぶって、それをキラやアスラン達が実践して傭兵達を感化する、くらいの演出をしてテーマを明確にするべきではなかったか、とも思う。
 まあ、最後の傭兵を雇う件は「MSV戦記」でやっていたのだが、如何せん本編では限りなく見えて来ないので説得力があまり感じられないのである。で、画面の隅っこの方にこっそりと赤くて日本刀を振り回しているMSがいたり。青くて、ゴテゴテ装備をくっつけたMSが敵をバンバン落としてるのが見えたりする訳です。

・まあ、そういう理由なので逆に「種運ASTRAY」は本編とは時間軸的に無縁の舞台なので、違和感もなく読めています。しかし、設定的に「種」と「種運」の隙間を埋めるという企画らしいので、さっさと重要な案件を処理して欲しいものです。
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# by shunichiro0083 | 2004-12-11 11:17
2004年 12月 08日

「種」プログラムピクチャー説のこと

・さて、今日は趣向を変えたモノを二連発してみましょう。
 実は前に同人誌で「種」の感想本を出したことがあり、まあ、このブログでもその時にまとめた考えなんかが色濃く反映されています。
 今回はそれから一節を抜き出して、引用してみます。「種」の本放送当時に書かれたものですから、多少古臭かったり若干違う部分はありますが、総じて「種運」にも共通項が多いのではないかと思い、アップすることと致しました。
 それでは、どうぞ。

 話は変わって、原作者の富野由悠季監督はガンダムエースのインタビューの中で、「種」の事を『半分は悪口と取られるかもしれませんが』と前置きしつつも、『プログラムピクチャーだと思っています』と発言しています。この場合のプログラムピクチャーというのは、映画会社の量産システムの中で企画主導され、効率良く大衆向けにパターンが決まっていた娯楽映画を指すそうです(ガンダムエース特別号・295頁)。
 この言葉を額面通りに受け取るなら、「種」とはサンライズの親会社であるバンダイ(サンライズはバンダイグループの一員)からの企画を受け、製作された作品という事になるでしょう。まあ、現行のガンダムの関連商品の売れ行きを見れば、それも当たり前と言えば当たり前です。
 勿論、富野監督がわざわざ断りを入れている通り、僕もこのプログラムピクチャーが必ずしも粗雑で低級のものを意味するとは思いません。このプログラムピクチャーは映画が娯楽の王道だった60年代前半の後、TVの台頭によって急激に衰退する訳ですが東映においてはこの時映画の量産で鍛えられた人材が、後に数多くのTV特撮ドラマを創っていくようになります。「ジャイアントロボ」然り、「仮面ライダー」然り、です。こうした、今でも僕らの心に残る作品が創られたのも、プログラムピクチャーを量産する為にスタッフを会社が丸抱えしていたからに他ならないのではないかと、僕は考えます。そうした心に残る作品群を創る土台となったであろうプログラムピクチャーを有り難がりこそすれ、貶めようとは僕は思いません。
 ただ、それもプログラムピクチャーと世間から侮蔑的に呼ばれたとしても、その仕事に真剣に向き合い、きちんと創っていたかどうかによるでしょう。ここでは脚本家の荒井晴彦氏の言葉を引用して見ます。
 『今の映画界は、観客のことだけを考えている人と、全く考えていない人に二極化している。子供向けのアニメの枠組みの中で、どれだけ自分のこだわりを入れられるか。そのせぎあいからしか奥行きのあるエンターテインメントは生まれない』(4月24日付朝日新聞・文化欄より)
 この言葉の「映画界」を「アニメ業界」‐まあ、“555”のスタッフの方が的を射ている様な気もしますが‐に言い換えると、前述のインタビューで富野監督が「種」に対して抱いている危惧が少し、読み解き易くなるのではないかと思います。これについてはこの節の後半でもう一回扱いますので、覚えておいて下さい。
 それでは、「種」の一体どの辺りがプログラムピクチャーなのかを僕なりに検証してみましょう。
 第1に、「21世紀のファーストガンダムを目指す」という事でしょうか。これは多少のカリカチュアはあるとは言え、シリーズ構成の大筋を「ガンダム」と似た展開にし、キャラクター配置等もそれに準じたものにしようと言う印象を受けます。そして現在の所までは、それは大きくずれてはいないようです。これこそまさに、効率よくパターン化されたもの、そのものであると僕は思います。
 第2のパターンは設定的にガンダムと呼称されるメカが5体‐最終的には10体が登場するという点です。これは言うまでもない事ですが、プラモデルを売る為の方便です。そうでなければ、敵味方の主力メカにガンダムの名を冠さなくても別に構わない訳ですから。
 第3は今人気のキャラクターデザイナー・平井久司を起用し、その上で美少年や美少女・美女を持ってきた、という事になります。まあ、これについてはかっての「W」における成功パターンの踏襲、という事なのでしょう。実際この思惑は当たり、ガンダム同人ではこうした腐女子の皆様がそれこそ百花繚乱の態をなし、毎週末にはどこかの会場で「種」のオンリーイベントが開かれているという、凄まじい勢いです。
 第4は全部で4クールの内、1クール・13話ごとにOPを変え‐EDは2クール‐、その主題歌の歌い手を声優として起用するという事。まあ、実写作品では珍しくないパターンではありますが、アニメーションでここまで大々的にやったのは「種」が初めてでしょう。尤も、こればかりはファンの間でも賛否両論喧々諤々でしたが。ネット上での意見を見聞きしていた限りでは、1クールの西川氏は比較的好意的な意見が多かったですが、2クールでのヴィヴィアンは評判が悪かったですね。まあ、これには反論の余地もないと思いますけれど。その所為かどうかは分かりませんが、第3クールでは新主題歌を歌う玉置成実嬢の声優デビューは見送られたようです。
 5番目は最初から企画されたメディアミックス、という事になりましょうか。ゲームでは放映最初期の段階でPS2ソフト「GジェネレーションNEO」にイレギュラーとしてストライクとイージスの2機が参戦し、その後もWS用ソフトには他に先駆けてフリーダムが登場する。PS2用格闘ゲームの新作としても出るようで、「種」のゲーム展開が早い段階から用意されていた事が窺えます。
 しかし、このポイントの僕としての関心はそこではなく、むしろ出版状況にあります。もう、皆さんご存知であろう「ASTRAY」です。これは従来、後付け的に創作されてきた外伝作品を物語の最初から開始し、本編では語りきれない事項を物語化し、補完するというものです。それをコミック2種と小説1種という複数の視点から描くというのは、贅沢なのか浪費なのかはまだ判断できませんが、僕としてはときた先生のガンダム漫画が読めるので素直に喜んでいます。
 あと、これは蛇足ですが、講談社のマガジンZで好評連載中の「種」のコミックスはどうやら10万部を突破したようで、この辺りも本来の観客は比較的好意的に「種」を受け止めている証拠でしょうか。それとも、年長のガンダムファンが買って行っているのか、判断に迷う所ではあります。
 ともあれ、「種」ではゲームや外伝作品といった本来ならば人気が出てから企画される筈のものまで予め決定されていた、という点で会社主導のプログラムピクチャー的であると僕は思うのです。
 今挙げた五点はアニメとしては目新しいものはあっても、全くの新味ではありません。無論、こうしたパターンでも組み合わせ方を変える事によって従来にはなかった、独自の風合を出す事は可能です。むしろ、それこそが作者のオリジナリティなのだと僕は思います。しかしながら商業的には成功している「種」ですが、作品的には支持している人もいる反面、どうも辛い点数を付けたり、途中で観るのをやめたりしている人も多いようです‐かく言う僕も後者の内の一人なのですが。
 これは思うに、「種」があくまで子供向けアニメであるという枠組みを忘れ、ただただスタッフが自分が追い求めるテーマのみに視点がいっちゃってるからではないか、と。そのスタッフというのも監督一人の思惑だけならまだしも、それ以外の人間が志向する方向性も出て来てしまっているから、余計に分かりづらくなっちゃってるような、そんな気がします。
 実は「種」のこういう所こそ、富野監督が危惧し、荒井氏が指摘している問題点そのものではないかと思う訳です。確かに『戦争のない時代を創るにはどうしたらいいだろう』という高尚なテーマもいいし、性的描写の限界に挑戦して見るのもいいかもしれません。けれど、それはあくまで観客‐この場合はおそらく10代前半でしょう‐の事をおざなりにしてしまっていては、それでは優秀な商品にはなり得ても観た人の心に残る良い作品にはなり得ない筈です。富野監督の『もっときれいにつくって欲しい』という言葉はこうした部分を指しているのではないか‐僕はそう思うのです。
 また、富野監督は『きれいにつくる』っていうのは『もっとメジャーを意識しろ』という意味だと言っていますが、けれどこれは製作する本人の心の問題で、ジャンルとか主義思想に拘泥する事無く、もっと大きな視点を持って作品創りをしろと言っているのではないでしょうか。そしてその為には、荒井氏が言う処の真摯な『せめぎ合い』が必要なんではないかとも思うのです。
 「種」がプログラムピクチャーの枠を超えた、一級作品として成功するのか。それとも、プログラムピクチャーの決定版として、閉鎖的な完成を見るのか。或いはそのどちらにもなれず、ただ商品商売としての成功を収めるだけの平凡なプログラムピクチャーとして終わるのか。それはまだ誰にも分かりません。願わくばここに提示した第三の道にだけは行かないで欲しいものです。
<初出:「機動戦士ガンダムSEED」の「SEED」は以下略/平成15年4月29日発行>
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# by shunichiro0083 | 2004-12-08 11:29
2004年 12月 08日

「ファイヤーウーマン纏組」というゲームのこと

・何故、こんなタイトルかというと、このゲームには今をときめく三人もの「種運」声優が出演していたからであります。
 おっと。そもそもこの「ファイターウーマン纏組とは何ぞや?!」という少年少女紳士淑女の方々の為に説明すると、このゲームは最初PC‐FX(というハードがあったと思いねえ)で出た後、PSに移植されたという、少々得意な経緯を辿っている。ジャンル的には当時流行っていた恋愛シミュレーションということになるのだろうが、この作品が他と一線を画していたのは自由度の高さ。喧嘩に明け暮れるもよし、部活動に専念するもよし。勿論、女の子に声をかけまくるのも問題なし。文字通り、甘酸っぱい高校生活を追体験出来るソフトだったのだ。
 特異と言えば、そもそもこの作品は徳間書店が角川宜しくメディアミックスを狙って仕掛けたものだったのではないか、という見方もある。だが、徳間書店は経営の不振からオタク向け商売から撤退(除く、アニメージュ)。小説やコミックといったマルチ展開も必然的に終息してしまったのであった。せめて攻略本の一冊くらい出しておいて欲しかったと思うのは自分だけではないだろう‐このゲーム、自由度が高い分ムービーやイベントを見る為のフラグが分かり辛いのだ。
 
・で、本題に戻ると、「種運」の声優さんでこの「纏組」に出演していたのは以下の三名。

 藤川わたる‐保志総一郎
 桂木さやか‐三石琴乃
 式岐 宗久‐鈴村健一

 そう、シン・アスカ役の鈴村健一までもが出演していたのであった。ちなみにこの式岐宗久(しきむねひさ)はゲーム中盤から登場するライバルキャラで、ニヒルな二枚目に加えて腕っ節も滅法強いのだが、無口なのが珠に瑕・・・って、無口なんだよなあ。
 まあ、出て来る時は出番がある時なので、必然的に喋るようになるのだけれど。プレイ中の声も格好良かったし、演技も豪華声優陣の中でも一歩もひいてはいなかった(キャストはこの他にも林原めぐみや天野由梨さん、男では二又一成・高木渉など錚々たるメンバーだったのである)。
 なので、この「鈴村健一」という名は僕の脳裏に焼き付いて離れなかったのであった。その後、順調に声優としてその着実な成長を見るに付け、
 「ああ、オレの耳に間違いはなかった」
と一人感慨にふけったものだ。それでも、まさか「種運」の主役をやるようになるとは夢にも思わなかったけど。

 ・しかしながら、ここまで書いておいて申し訳ないのだが、現在鈴村健一が「纏組」に出ていたという有力な証拠はネット上ではみつからない。引っ越しのどさくさでソフトも何処かにいってしまった。
 同姓同名の別人である可能性もゼロではないと断わりつつ、この項はこれにて。

 あ、そうそう。何処かのゲーム屋で「ファイヤーウーマン纏組」を見つけて、手ごろな値段だったら是非やって見て下さい。損はしないと思いますよ、きっと。
 
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# by shunichiro0083 | 2004-12-08 01:13
2004年 12月 04日

PHASE‐08 ジャンクション

・まあ、色々あってミネルバはオーブに到着。
 ここでカガリらはブルコスの陰謀で先のユニウスセブン落着の真相が暴露されたことと、それを事実と認めたプラントの声明があったことを知ります。本来ならば盛り上がるべき所なのでしょうが、肝心のシーンを見せず台詞で流してしまった為にはっきり言ってだれてしまっています。
 ここを見せずに、何が陰謀でしょう。策略でしょう。はっきり言って、今までダラダラお話を垂れ流してしまったツケがここで、最悪の形で出てしまいました。プラントの陰謀と名指しして糾弾する大西洋連邦。これを受け、緊急の議長談話を発するプラント。それらを見やりながらほくそ笑み、更なる一手を打つジブリール‐演出っていうのはそういうものではないでしょうか。
 また、前作からの設定をもう一度整理し、提示する為にもファントムペイン‐ブルコス‐大西洋連邦という影のラインを見せておけば、この先の展開もスムーズではなかったんではないですかねえ。この辺り、今一つ分かり辛いですから。

・熱烈歓迎のオーブでは噂の幼なじみのユウナやら、その親父の宰相(なんて言わないよねえ、普通)・ウナトという陰謀側の人々の一方、「虎」やら「艦長」やら「メカマン」やらも再登場。どうやら、モルゲンレーテにて雇用されているご様子。マリアことマリューさんはタリア艦長と意気投合してしまいました。
 しかし、今回のこの話は「セカイ系」となってしまっていて、オノコロ島の中だけで展開している為にどうにも見せ方が宜しくないです。世界各地の惨状もそうですが、民衆の怨嗟の声が一体どのレベルで聞こえてきているのかが分からないのですな。民間放送局のインタビューなのか、大西洋連邦から提供された情報なのか。それとも、オーブ国内の世論なのか。何せ、口パクがあっていたのはワンカットだけでしたから。
 それに、何故オーブは奇麗事を言ってはいけないんでしょうねえ。閣僚達は「この惨事を目の当たりにして、理想論だけを言ってはいられない」みたいなことを言っていましたが、前の戦争でもオーブは甚大な被害を蒙っています。しかも、それは頭上の敵であったコーディネイターではなく、味方であった筈のナチュラルからです。そうした部分を勘案したならば、オーブにはプラント憎しの国際世論に異議を唱えても何らおかしくはないのではないでしょうか。
 もっと踏み込んで考えるなら、前回の戦争を思い返せば再びナチュラルとコーディネイターの間で戦争が起きたとしてもどちらが勝つかは分からない。今更言うまでもないことではありますが、だからこそウズミは中立の立場を採っていたのではなかったのだろうか。まして、ここまで混迷している世界情勢の中では単にナチュラル側に立つのではなく、その行いを非難する声明をオーブが出すことは意味のあることではないだろうか(要はイラクに対する米英の態度を批判した欧州のスタンス)。
 こうして考えて行くとあの宰相の立場は最初に「大西洋連邦ありき」であり、まともな議論をする気はないのだろう。自分の利益のみを考えているのだろうから、それは当たり前でまっとうな判断である。一私人としては。だが、政治家としての判断と問われたなら、どうだろう。
 ましてオーブは前回の戦争で大西洋連邦が主導権を握っていた連合から裏切られ、侵攻、征服されているのだ。あれから二年経つか経たないかで、宰相や各首長らがこうまで大西洋連邦寄りな判断をするということの意味は、一体なんだろう。まあ、聞くだけ野暮、というものなのだろうが。

・さて、もう一人の主人公ことアスランは何気に勢力的に活動してます。抱きつかれるカガリに嫉妬したり、シャワーを浴びたり。車を駆って、いつの間にやら入手した情報でキラに会いに行ったりと、本当に活発です(余談ですが、スポーツカーを走らせるシーンに「サイバーをもう一度やりたい!」という監督の執念のようなものを感じたのは僕だけでしょうか)。
 キラと意味のない会話をした後、アスランは唐突にプラントに渡ることをカガリに告げます。しかし、オーブ国内でそういう立場にいるのか良く分からないので断言するのは避けますが、どう考えてもアスランが今やるべきことはオーブに残って、孤独な戦いを強いられるカガリの精神的な支えになってやることではないでしょうか。
 いくら指輪を贈って、「お前はオレのものだ、カガリ」と行動で示した所で、あのユウナやウナトの前には空証文も同然。敵は明らかに強かであります。キラやラクスがそこいら辺のフォローをしているとも思えませんし(頼りにもならないことは今回の会話でも明らか)、アスランが今回の件で相談していないのなら「虎」やマリューも心配はしてもカガリに対し積極的に絡んでいるようにも思えません(今後は兎も角)。
 こうして考えると、「種」には頼りになる大人が本当に少なかった反面、ろくでもない年長者であふれかえっていたと思います。まあ、「種運」がどうなるかはまだ分かりませんが、見通しはかなり暗そうです。

・一方、公式新主人公・シンは半舷休息の許可が下りたであろうに射撃練習する振りをして黙して構うレイの追及を躱し、独り慰霊碑へと参拝します。しかし、思い出されるのは在りし日の楽しかった思い出ではなく、戦渦に巻き込まれて家族を失ったあの日のことばかり。まあ、バンクの関係とは言え、楽しい思い出が止め絵ばかりな主人公というのも哀れではあります。
 で、岩場にポツンと設置された小さな慰霊碑の前に佇むキラに、あの日のガンダムを駆っていたパイロットとも知らずに近寄るシン。新旧主人公の邂逅は、多くの視聴者の期待を裏切って何の実りもないまま終了。あったのは意味ありげな、しかしすれ違った会話だけでした。やっぱ、ここでは互いの心中を察しあい、相手に強い印象を残して別れる、というのがお約束なのではないでしょうか。
 思うに「種運」はこうした「お約束」を意図的に排除するのはいいのですが、それが為に話が間延びしているという側面があるように思います。約束事を外すのは構いませんが、それならそれで解決策をきちんと講じてからにして欲しいと、切に願います。

・そう言えば、アスランと違ってキラっていうのは伝説にはなっていないんですかねえ。確かにキラは身体を張ってジェネシスを壊した訳ではないですが、“ヤキン・ドゥーエの悪霊”ことプロヴィデンス&クルーゼを落としたエースパイロット。加えてザフトの(当時の)最新鋭機・フリ-ダムを強奪し、サイクロプスの発動から敵味方を問わず兵士を救った少年です。
 考えようによっては、こちらこそ伝説になってもおかしくない筈ですが・・・。どういう事情かは分かりませんが、キラの存在はあんまり知られていないようです。それとも知る人ぞ知る、アングラな人なのでしょうか、キラは。

・で、お話の最後でナチュラル側がプラントに「以下の条項を認めない場合は地球人類に対する悪質な敵性国家と認定」とかなんとかいう共同声明を発表したらしいんですが。いや、いくらフィクションだからってやっていいことと、悪いことがあるでしょ(まあ、そこいらの境界線が非常に曖昧なのが監督と嫁なのかもしれないが)。
 っていうか、あの監督は「ロボットアニメ」というものについて、一体どういう認識を持っているのでしょう。あと、その嫁も。別にご都合主義が罷り通るのが「ロボットアニメ」って訳じゃないんだが。いくらなんでも、正式な停戦条約を調印している地球国家群とプラントなんだから、あんないいかげんな声明一つで戦争に突入するなんて嘘くさいにも程があるってもんです。
 この「米国単独行動主義」という今を生きる我々に対して戦争を扱う作品を発するのなら、それ相応のもの‐裏付けなり、歴史的背景なりが必要だと思うのですがねえ。自分の脳内設定に忠実なのは良いですが、それを含めてきちんとフィルムにしなければ視聴者を置いてけぼりにするだけですよ、ホント。
 最低でも今回の話の中で「以下の条項」というのをきちんと公開しておくべきだったと思います。

・で、来週はザフトと連合軍が激突です。なんと驚くべきことに、連合軍の主力は再建された月基地にあったので、ユニウスセブン落着の被害には合っていないという噂です。吃驚。

 満足度=☆★★★★
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# by shunichiro0083 | 2004-12-04 19:48 | 感想