2004年 11月 05日

データコレクション・機動戦士ガンデムSEED

・実際の所、今回の「種」については設定関連の書籍は一冊も手に入れてはいなかった。それはまあ、手に入れたい、と思わせるほどの作品でなかった、ということでもあり。また、一通り立ち読みで設定を頭に入れておけば、あとはネットで補完出来ていたからでもある。
 しかしながら、こういうブログを立ち上げた以上、一冊も持っていないのもどうかと考え直し、最近出たメディアワークスの、表題の本を買った訳である。ちなみに上下巻分冊で、各880円(税抜き)。
 それでは、この2000円近い金額を払ったに値する本だったかと言うと・・・答えは「NO」である。まあ、最後発の本なのだから、中の記述の殆どが既に読んだことのあるものばかりであるのは仕方がない。何もそれをあげつらうつもりは、ない。しかし、独自の観点からの記事や解説がないのはどうなのだろう。
 正直、PS装甲についての解説ももう少し突っ込んだものが欲しかったし、ミラージュコロイドについても詳細な解説があるべきではなかったろうか。兎に角、視聴者が疑問に思った部分を納得させられるだけの本になっていなのは間違いない。だからこそ、僕は先の記事でアークエンジェルの重力圏航行能力に関する考察をしてみたのである。
 別に「ガンダムセンチュリー」が至高かつ唯一のムック、とする訳ではないが、良いと思われる所はどんどん真似すべきである。第一、このデータコレクションの前身である「EB」においては、そうした事柄についても記述があったものである‐ただ、あまりにその対応が場当たりすぎて、シリーズ内の整合性を欠いたものになっていたのも事実であるが。
 以前(2000年頃)、過去の記事を調べもせず、勝手に設定を追加して行くことに憤ったファンと、それを書いたライター本人の言いあいが某掲示板であり、僕もそれを傍観していた。
 そこでライター氏が言っていたことを要約すれば「古い記事(設定)の引用ばかりでは、今のファンは納得しない。その為にも新しいものが必要不可欠なのだ」というようなことになる。これを誠意の欠如と取るか、仕事であると割り切るかはその人の立場によりけりだろう。
 ここで僕が言いたいのはそんなことではなく、こと「種」に関してはこうしたライター氏が取ったスタンスが通用しなくなっているのではないか、ということである。それは書籍独自の解釈が許されなくなってしまったのか、という危惧感でもある。
 かって、設定類を集めた書籍の解釈と言うのは基本的に製作者側の穴を埋める、というものであった。整合性の高い、数々の設定を起こし、公表した「ガンダムセンチュリー」は言うに及ばず。賛否両論のある「EB」でさえも、「V」のミノスキーフライトやミノフスキードライブといった設定のフォローを行っている。問題はそれが完全なオフィシャルであるかどうかではなく、仮説の一つとして納得力があるかどうかなのである。
 「種」や「種運」に関しては最初から商売として「MSV」や「外伝」の類が規定されているので、そこからはみ出しかねない‐或いは、破綻させかねない書籍独自の設定などはあってはまずいのだろう。しかしそれならばなおのこと、設定を総括する人物は全ての設定を作り上げなくてはなるまい。
 曰く、どうやって幾種類かのMSは重力圏を飛んでいるのか‐化学反応式エンジンであそこまでの出力と、長時間の飛行が可能なのはどうしてか、とか。空間認識能力は何故、コーディネイトすることが出来ないのか、とか。TP装甲の設定が人によって言うことが違うのはどうしてなのか、とか。
 本来なら、こんなことはガンダムシリーズにおいては製作者側が考えなくても構わない部類のものである。裁量として、関連書籍のライター達が知恵を絞ってくれればそれ済む話なのだから(逆に言えばだからこそ、「ガンダム」というのはSF足り得なかったのかもしれないが)。
 それが出来ない「種」や「種運」は、非常にせせこましい世界観になってしまったような、そんな気がしてならない。データコレクションを読みながら、そんなことを考えさせられた秋の一日であった。
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by shunichiro0083 | 2004-11-05 12:50 | 書籍


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