shunichiro0083のアイのダメヲタ日記-感想と推測と妄想の終わらない円舞曲

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2005年 12月 14日

プラントの独立が「ごたごた」と呼ばれてしまうのは何故なのか? のこと

・まあ、サンライズの公式サイトの中にある「種運」公式サイトの一コーナー『D-I.Q.』の文章を書く人間は軽いノリで書いているのだろうけれど、やっぱりそういう態度っていうのはそこかしこから滲み出てしまう。
 まして、今回の「種」や「種運」みたいに比較的最初っから設定やら、年表を作ってしまっている作品でよくよく調べずに文章を書くのは致命傷になりかねない-とは言え、コスミックリージョンやライトニングエディションの解説などはその典型みたいなものであるが。
 確かに「設定と膏薬はどこにでも付く」という名言もあるが、それはあくまでもまっさらな状態のものにのみ通用する言葉であろう。まして、「種運」みたいに設定が先行しがちな作り方をしているのなら、出来るだけ最初に起こした設定通りやっておかないとどういう食い違いが起きてしまうか分からない-そしてこれを逆手に取ったのが言うまでもなく「ミノフスキー物理学」だなと思うのだが。
 「種」や「種運」も必要最低限の用語の定義だけにしておいて、それ以外はその場の勢いでやってしまった結果を尊重するというスタンスにしておけば良かったのではないかと思うのだが、なんであんなに設定に拘ったんだろうと思う。
 あそこまでインタビュー等でメインターゲットが子どもだ、と言っていたのなら従来のガノタなど、一切無視した作りで良かったのだから。詳細な設定が先行するのは子ども向けではないにも関わらず、そうせざるを得なかったのは「そうではない層」にもアピールしなければならなかったからだろうが、そういう不徹底が今日の結果を招いた一端だったのだろう。
 無論、低年齢向けの作品でも詳細な設定を作りこんで成功した「勇者王ガオガイガー」という例もあり、一概に「種運」のやり方だけが悪かったと言う気は毛頭ない。ただ、「種」や「種運」は失敗したのではないか、ということだけである。

・さて、思わず枕が長くなったが今回の記事は前述の「D-I.Q.」の内、これの最後で触れられた「ユニウス条約のごたごたに便乗して、独立したのでしょうか?」について考えてみたいと思う。
 ただ、この文に対する検証は既に「蒼い風の眠る場所-はてなダイアリー出張版-」さんにおいて行われているので、今回の記事はそれを全面的に参考にさせて貰いつつ、プラント独立に至る経緯を考えてみたい。

・さて、プラントの独立の前に、かの国が主権国民国家に相応しいかどうかを考えてみる。ちなみに、この場合の主権国民国家とはフランス革命によって確立したとされる「近代国民国家」をその定義とする。
 その近代国民国家の定義としては主に三つ。国家主権・領土・国民であり、これに国際承認を加えた四要素が一応、現代の独立国家に必要なものとされている。
 第一の国家主権が統治権とも言われ、国を治める最高の権力のこと。主権国家は他の主権国家に支配されたり干渉されない権利-内政不干渉の原則-や、他の主権国家と対等である権利-主権平等の原則-を持つのであり、だからこそコーディネイターは自らの国家を作り上げることでナチュラルの旧宗主国に対抗しようとしたのである。
 この国家主権が及ぶ範囲が国家の領域-領土であり、C.E.世界ならば領土・領海・領空・領宙ということになるのだろう。具体的にはコロニーが浮かぶL5宙域と、地上の諸基地地域ということになるだろうか。
 第三が国民であり、国民主権とは統治権を持つ者が君主なのではなく、一般大衆にあるということである。そしてそれを一時的に仮託されているのが所謂政治家なのだ。これが結局の所、パトリックやデュランダルがプラントの最高権力者であったとは言え、自身が不可侵な存在=絶対君主にはなり得なかった理由である。

・こうしてプラントは近代国民国家に必要な要件の内、三つまでを備えながら最後の一つが得られなかったが為に、「地球連合」との戦争へ突入することを余儀なくされたのであった。
 その最後の一つこそ「蒼い風が眠る場所」さんが問題にした、「国際承認」である。この「国際承認」とはそれが国家の要件を備えているかどうかを、第三国が個別に判断して行うものであり、『国家の裁量的な一方的行為』であるからこそ「承認しない」という選択肢もありえる。
 その基準は「軍事的・安全保障上の理由」であったり、「国際平和・人権保護の理由」や「民族独立の支持」である。国際連合はプラントの上記の全てについて否定するスタンスを採っていたのであり、そんな連合が独立を支持する筈がなかった。
 その一方、非プラント理事国である程度の実力を保有していたと思われる大洋州連合と南アメリカ合衆国はプラントの独立宣言を好意的に受け止め、同時に出された『クライン議長による積極的中立勧告』を受諾している。
 その結果、南アメリカ合衆国は連合の武力侵攻を受けて大西洋連邦の領土となり、これに反発した大洋州連合は正式にプラント支援を表明したが、その結果連合より宣戦布告されることとなった。
 この時期、具体的にどれだけの主権国家があったかは不明であるが、プラントがコーディネイターによる、コーディネイターの為の国家であった以上、その民族独立を支持しなかった国家があっても不思議ではない。また、プラント独立を承認して、世界における最大の軍事力を保有する地球連合を敵に回すことを是としなかった国家も少なからずあったろう。
 つまり、たった一つ大洋州連合が独立を承認しただけの状態では、プラントが独立主権国家であると国際社会が認めたとは到底言い難いのである。連合とプラントとの戦争が始まったこの段階では、実質は兎も角、形式上はプラントの独立は公に承認されていたとは言えないだろう。
※蛇足だが、中立国であるオーブが積極的にプラント独立を支持しなかった理由は、先の理由の内「軍事的・安全保障上の理由」であると推測される。
 中立国であることが国是であるオーブがプラント独立を承認することは、取りも直さず中立と言う立場を捨ててしまうことである。それまで自国が中立であることを国家の基本方針として来た以上、そう簡単にその方針と国策を転換させることは難しいという現実的な判断が働いたものと推測される。

・こうして国際社会上の通念から考えると、やはりプラントの独立は「血のバレンタイン」に端を発する一連の戦争開戦時においては果たされていなかった、と考える方が自然ではないだろうか。
 その意味において、プラントがC.E.70年から71年にかけて地球連合を相手に行った戦争とはコーディネイターの自決と、プラントの独立をかけた戦いであったと言う風にも言えるのではないかと思われる。
 この戦争の結果として、プラントはユニウス停戦条約において宗主国からの自主独立を勝ち取り、主権国家として国際社会から承認されるに至ったのであろう。
 何故なら「条約」とは「国家間、または国家と国際機関との間で結ばれる、国際上の権利・義務に関する、文書による法的な合意(大辞林)」であり、これが連合諸国とプラント間で締結されたとするなら、それは連合諸国がプラントを国家として認めたということに他ならないからである。
 そう考えるなら、終戦条約でもないただの停戦条約に過ぎない「ユニウス条約」がその締結にまで、五ヶ月以上の月日が費やされたのも納得が行く。そもそも、連合側にプラントを対等な相手-国家として認めるかどうかについての議論が行われていたからこそ、あそこまで停戦合意に至るまで時間がかかったのだろう。
 ちなみに、旧クライン派による停戦申し入れがあったのが、C.E.71年9月27日で、それから実際にユニウス条約が締結されたのが翌72年3月10日であった。

・これらを踏まえて最初に立ち返り、プラントの独立が「ユニウス条約のごたごた」という表現が適切かどうかと考えたなら、不用意かつ穿った表現で見方であるが、それほど的外れなものではない、ということになるだろう。
 確かに、より実効性の高いユニウス条約を締結させる為に、連合諸国がプラントの独立をいやいや承認したのであろうから、その意味において「便乗して」という言い方はあながち間違ってはいない。ただ、それはプラント側ではなく、連合側の視点に立っての書き方だろう。
 プラントからしてみれば、不意打ちに核ミサイルを撃ち込まれ、その後も何十万という規模の国民と膨大な資産という重大な損害の果てにようやく勝ち取った、悲願の独立である。それを「ごたごたに便乗」などと言われたらば、怒るのを通り越して悲しくなってしまうのではないだろうか。
 詰まる所、記事を書くライター氏の作品に対する理解と愛情がないと、こういう不用意で無定見なものになってしまうのではないかと思わざるを得ないのだ-どうせなら、もっと愛のある記事を期待したいものである。



・もっとも、「条約」同様「宣戦」も国家間にしか行われない政治的行為である、と考えるなら連合がプラントに宣戦したその時から、少なくとも連合構成国からは主権国家として認められていた、ということになってしまうのだが。
 だとすれば「ごたごた」も「便乗」もないのである-まあ、この辺りは「種運」のスタッフに責任があるのではなく、その前の「種」の設定にこそ問題があるのだろうけれど。
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by shunichiro0083 | 2005-12-14 15:36 | 設定


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