shunichiro0083のアイのダメヲタ日記-感想と推測と妄想の終わらない円舞曲

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2009年 03月 23日

#24 BEYOND

・いやあ、驚天動地な展開に思わず呆然としてしまいました。いやはや、ここまで御都合主義全開で行くとは夢にも思いませんでした。本当に凄い。

・個人的には「種運(「種」含む)」が今際の際のシャアが見た幻想で、今回の「00」はアムロが死ぬ直前に見た白昼夢なのかな、とかも思ったりしました(だから、それぞれに自分が重要な役割で出て来るにも関わらず、何物かの介入によって潰されてしまうという…)。

・っていうか、そんな風にでも考えないとあほらしくてやってられない。そんな気分。



・未来を奪ったのはCBっていうルイスの台詞(抜粋)は凄くまっすぐですね。こうした部分を真正面から受け止めていたら「00」って作品はもっと良い方向に行ったのではないではないかと。

・で、ルイスを守る為なら何の躊躇いもなくトリガーを引く沙慈。別に今までの半年間がなかったら気にもしないんですが…これまでの積み重ねは一体何だったんでしょうねえ。

・どうやら、リボンズ以下のイノベイターは自称だったようで、人工的に作られた彼らはイノベイドと呼称されるべきものだったようです。しかし、なんでこの期に及んでそんな話をするのだろう、ティエリアは。
 そういう話は中盤での暴露話の時に済ましておくべきものなんではなかろうか。
 こういう部分の処理を上手くやっておかないから、リボンズが自分を尊大な存在だと言う場面が空回りしてしまうのだと思うのですよ。

・ビリーが手を上げただけでオートマトンは控えるのに、何故かスメラギと理解しあった後では指揮系統から外れたようで銃撃戦を繰り広げていました。
 なんじゃそりゃ。誰もおかしいとは思わないのだろうか。

・スメラギの主張はもう、盗人にも云々というレベルでしかないですな。少なくとも、CBによる世界規模の対テロ戦争が実施されつつある世の中ではビリーの主張の方がまともに聞こえます。
 自分達で作り出さねばならないのは未来ではなく、未来の形だと僕は思います。けれど、CBの活動がその形をより良いものにするものだったとは、生憎と自分には思えません-勿論、リボンズらアロウズも同様ですが。
 ここまでスメラギが言い切るのなら、彼女くらいは戦争犯罪者として裁かれるべく投降する、くらいはやって欲しいですが。けど、やらないだろうなあ。それが「00」クオリティ。

・ヒロシに押されっ放しの二代目。何故か死なないアレルヤとソーマ。弱音を吐く夫妻。そして、それらを尻目に粒子切れを起こすOガンダム。
 これじゃあ、玩具も売れないよねえ。それとも、売る気がないのだろうか。

・いや、まあ、確かにデプリの描写を一々してたら宇宙戦争ものなんか出来ないのは分かりますが。それでももうひとひねりが欲しいよねえ。
 レグナントは戦闘は出来ないが、動かすだけなら何とかなるとか言って脱出ポッドの代わりにするとか。

・しかし、何故、ティエリアは無抵抗でリボンズに撃たれるままだったのだろう。よく分からないというか、不親切というか。

・ルイスは沙慈の涙でリボンズによる精神支配を脱した…と思ったら即死亡。ついでにいうと、この後で何の前触れもなく、唐突に左の手袋が外れて指輪が見えるという簡単にして難解な演出。なんでやねん。

・そう言えば、イノベイドな皆さんは「イノベイターの力」とか何とか言って驚くのがお好きなようですが、これも実際の所は何なのかはさっぱり分かりませんね。ただでさえ、戦闘シーンの演出に意味がないのだから、こういう場面こそ説明台詞でフォローすべきだと思うのですが、それはやらないという。
 で、トランザム×2でやられそうになるとトランザムで逃げるのでは、どこがイノベイター固有の力なのかはさっぱり分かりません。少なくとも、自分には。

・で、トランザムによって都合よく精神が拡大して、周囲の状況が分かるようになる。これは「機動戦士ガンダム」の最後でアムロが見せた避難誘導へのオマージュでしょうか。
 で、トランザムバーストによってGN粒子が光の帯になって戦闘宙域を覆い、様々な奇跡を起こすという。とすると、こっちは「逆襲のシャア」のラストシーンに捧げられたものなのでしょうね。
 笑えるのがこの光をクラウスは「戦いの光ではない」と言い、その一方で姫さんは「刹那の戦いの光」「命の輝き」という辺り。
 勿論、刹那という一個人に対する理解の度合いが違うことに起因すると言ってしまえばそれまでですが、この現象が果たすべき役割のことを考えたなら、同一の理解をされないのでは意味がないんじゃないかな、と思ってしまいます。

・死んだ筈の女ティエリアの意識が語る所ではこの現象は「純粋なるイノベイターの脳量子波がツインドライブと連動し、純度を増したGN粒子が人々の意識を拡張させる…」ということのようです。
 まあ、単に意識が拡張するだけなのだから、個々人のものの捉え方が違うのも当たり前、ということなのかもしれません。
 けど、それだったら今までとどこが違うのかが不明瞭ですよね。その後の描写では二代目のMS操縦の技量がヒロシを圧倒したり、イノベイドの脳量子波には干渉したりとかなり作為的な使われ方をするようですが。
 
・その一方でスメラギとビリーは心が通じ合い、和解したり(っていうか、ビリーはスメラギに好きって口に出して言ってなかったらしい…変なところだけ日本人っぽいなあ)。
 また、何故か小熊はアロウズ時代にも話していたであろう程度の内容のソーマとの会話で号泣。っていうか、どうせならここまでこじれたのだからソーマの中にある熊さんのイメージを小熊に見せるとか、ソーマが調べた熊妻が死んだ作戦の全容を伝えるとかくらいはやらないと、説得力がないんじゃなかろうか。
 あの程度で和解するのなら、あそこまでこじれはしないだろうにねえ。本当に駄目な脚本だなあ。

・で、何故か狂死した(ようにしか見えない)ルイスにはザオリクがかかり、瀕死のラッセにもベホマが効いてめでたしめでたし-って、視聴者を舐めているとしか思えませんなあ。
 あ、いや、真の舐めっぷりはこの後なんですが。

・リボンズがヴェーダとのリンクを絶たれる件は凄く分かりにくいですな(まあ、今に始まったことではないにせよ)。殺された筈の女ティエリアの意識がヴェーダの内部に留まっていた、ということなのかもしれませんが、だったら何故、リボンズが復活した時に驚いたかが分からない。
 よもや、北斗神拳・水影心じゃああるまいし、一度見た技は自分のものに出来るってことでもないでしょうしねえ。多分、この件の詳細についての整合性のある説明は難しいでしょうねえ。
 で、ティエリアも何故か意識がヴェーダとリンクというかバックアップされてたデータがそのまま一個の人格として機能し始めた、ということのようで。
 さもなくば、刹那は死んだと思ってはいるが実は死んだのではなく、限りなく死に近い仮死状態を保ったままヴェーダの機能を掌握したのか。作品的にはこっちの方が美しいのかな。
 まあ、これが可能になったのもトランザム・バーストによる奇跡ってことなんでしょうね。大した偶然でありますことよ。

・敵機の80%が沈黙した後でトライアルシステムが発動しても、今更って思われるだけでなんのカタルシスもないということが「00」のメインスタッフ諸氏には分からないのでしょうか。
 まあ、結局、リボンズが保有していたMSやらオートマトンが全てヴェーダ頼りだった、というのも恐ろしい話ではあります。っていうか、あんな特攻兵器にそんな大層な制御システムが必要だとは夢にも思いませんでしたよ。
 けど、これがなかったら二代目はアルケーを倒せるかどうかも微妙だったから、そう言う意味では良かったのかもしれませんがね。

・しかし、こうして考えると本当に「00」っていうのは徹頭徹尾、主人公側が実力ではなく機体性能で勝つという話だったなあ。多分、来週も似たり寄ったりなんではないかと推測する次第(刹那の「イノベイターの力」がどうこう言ったって、そう言う意味では機械=から与えられたものでしかないから五十歩五十一歩でしかないと思うのです)。

・閑話休題。ヒロシを射殺した二代目が言ってることもよく分かりません。もし、仮にこの戦いを最後にして世界が相互理解に包まれるのだとしたら、もうその時点でCBの活動には終止符が打たれる筈。
 だったら、もうガンダムマイスターが戦うことはないんじゃないですかね。それとも、このヒロシのように所詮は表層意識が分かるだけで我欲はなくならず、真の調和と協栄には程遠いってことなんでしょうか。
 じゃあ、二代目は人類全員がイノベイターになるその日まで悪人を殺しまくるってことになるのかな。ガンダムマイスターからシリアルキラーに転職する決意表明。なんですかねえ。

・しかし、「イオリア計画」とやらが本気でまだ見ぬ異星人とのコンタクトに向けた世界の統合と人類の意思統一、などという世迷い言だとは…絶句してしまいました。
 これまで、作品世界の中でリボンズの戯言以外、誰も口にしなかった地球外知的生命体との邂逅を信じ、その時の為に人類全体のステージを上げるなどということをこの終了30分前に言い出すとは。
 まともな神経では考えられないことでありますよ。そもそも、イオリアがそういうことを信じるに至った経緯とか、物的証拠もなしにいきなりそんなものを出されても笑う以外に何が出来るっていうんでしょう。
 来週の冒頭で説明すればいい、とか思っていたらそれもお門違いですけどね。そもそも、こんな機械じかけの神様を持って来て、広げ過ぎて破綻した風呂敷を誤魔化そうとしてること自体が不始末なんですから。

・で、最後はガンタンクだかガンキャノンだかの似姿が登場で終わりですよ。なんだかなあ。

・劇中、例のGN粒子の輝きを指して沙慈が「心の光」とかのたまう訳ですが、こんなのは既に十数年も昔に「逆襲のシャア」が通過してしまった所でしかない、というのがどうにも悲しいです。
 と、同時にそんな暖かで、優しい光を持つ人間が同時に全ての生命が生み出し、育む母星を穢し。更には同族同士で殺し合う、という冷徹なまでの現実をも指摘していました。
 しかしながら、「00」の今回のお話にはそうした人間の心の闇の部分までは踏み込まれていない。少なくとも、沙慈はそんな心の光を放つ刹那が自らに銃を向けたものに対しては情も容赦もかけてはいない、ということから目をそむけている。
 本当に-取って付けたとは言え-作品のテーマまでもが御都合主義の産物であった、というのはあまりに悲しすぎませんかねえ。
 それとも「00」という商品にはお似合いなのでしょうか。
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by shunichiro0083 | 2009-03-23 15:52 | 感想「00」


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